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【撮影 中島ケンロウ】

ヘッドトーチの光の中に丸く切り抜かれたように雪の斜面だけが輝き、その外側は、山の表面なのか空の一部の空中なのか見分けもつかない液体のような暗闇が地平線までつづいている。

その雪に、シェルパたちが荷下げしたときのか、それともルート工作を放棄したときのか、途切れ途切れに残る頼り気ないトレースを追いかけていくが、先を進んでいる中島さんのヘッドトーチの光が、時々、心配げに後ろを振り返り、私の視界を光が横切る。

きっとトレースを見失ったんだ・・・
中島さんが不安そうに立ち止まり、その視線がヘッドトーチの光となって、あっちこっちをグルグルと見渡している。

最初からトレースが無ければ、いつものように自分で、こっちであろうと決めたラインを登って行けばいいんだけど、こんな中途半端なトレースがあると、かえってトレースが途切れると余計な心配をしなければならない。

トレースを見失った中島さんは、大きく右にトラバースしていく。

あーあぁ・・・行っちゃった・・・
ルートを見失うとトラバースしたくなるんだよねー。

上に登っていくより、トラバースしていく方が楽に移動できるので移動した距離が多いほど、情報をたくさん得られるような気がするんだな。
もちろん、下から登ってきていて、少しずつラインを逸れてしまっていれば、横方向にトラバースすれば、正しいラインに合流するんだろうけど、右に逸れたのか?左に逸れたのか?は、どう判断する?
あべこべだったら、さらにルートから離れていっちゃうのだ。

ここで、右にトラバースは無いな・・・中島さんを横目に、まっすぐに登っていくと、再び、薄っすらとトレースが現われた。

今回は、このトレースも当てにしたうえで、夜中の1時に出発した。
現在、C2から頂上までに今シーズンのフィックスドロープは設置されていない。もし、このトレースも無ければ、真っ暗の中でルートを見つけていくのは厳しいから、もう一つキャンプ(C3)を出して、出発の時間を遅らせて、暗闇の中で登る時間を短くしなければならなかっただろう。
ロックバンドのクーロワールの中は、多少、過去の残置を補助的に使えるかもしれないけど、この先の状況によっては自分たちでアクティブロープを出すことになる。

まあ、ロープもトレースも無ければ無いで、いつも通りに自分たちでロープを出せばいいわけで、重たい望遠レンズ付きの一眼レフカメラとビデオを持った中島さんの背負うバックパックの中には、ちゃーんと!ロープが入ってるから問題なし!
重くて可哀そうだから、ぜひロープを使ってあげたいんだけど、とっても残念なことにロープを出すほどの局面は、まだ訪れない・・・

この平凡な斜面は天気がよければ、帰りはC2のテントを目指して下るだけだけど、フィックスドロープもフラッグも、なんの目印もないからガスられたらルートを見失うこと間違いない。
C2の場所はGPSにポインティングしてある。
ここは、C2の場所さえわかれば下っていける。恐れなければいけないのは、頂上から下ってきたときに上部斜面からロックバンドのクーロワールへの入り口を見失うことだ。

そのクーロワールの入口に立てる用のフラッグ(竹竿)は予定通りC2で数本を拾ってきてるし、帰りが夜になる可能性もあるので、そのフラッグに取り付けられる小さなフラッシュライト(自転車用)もポケットに入れてきている。
もし、頂上からの下りで陽が暮れて、フラッグが見えなくなってもGPSでそのフラッグの位置をポインティングしておけば、そのフラッシュライトを見つけ出せるだろう。

もちろん、登頂しても、陽が暮れてから、まだクーロワールあたりにいたら遭難したも同然だけど、だからと言って、そこで止めるわけにもいかないし、誰かが助けてくれるわけでもない。なにがなんでも下りつづけなければならないんだよ。
体が持つかどうかは知らんけど、準備はしてある・・・このまま登り続けても大丈夫だ・・・

ひたすら、ヘッドトーチに照らされる光の環の中で雪にめり込むクランポンのフロントポイントを右足・・・左足・・・右足・・・と見るでもなく、ただ、視野の中に写しこんでいるだけ・・・

なん歩、続けて足を踏み出しているのだろうか?
20歩登っているか?
15歩か?
10歩も続かない・・・・
せめて10歩は登ろう・・・
8歩・・・9歩・・・
10歩・・・・
ストックにもたれて、呼吸を整える。
はぁー・・はぁー・・はぁー・・ぁぁ・・・
そして、また次の10歩を・・・
一歩、一歩足を持ち上げるスピードに大差はない。
高所でのスピードの違いは、その10歩が9歩か11歩かの違いと、その合間に心臓を吐き出しそうになりながら、呼吸を整えている時間が長いか短いかだ。
もし、自分を許せば、いつまでも止まっていたい・・・座り込んでしまいたい・・・ああ・・・寝てしまいたい・・・

C2を出てから、どれくらい経ったのだろうか?

猪熊さんの天気予報通り、風が出てきた。
その風は最初、火照った体に心地よくも感じたが・・・
次に、ブワッ!と吹き出した途端、寒さ・・・ではない!冷たさが体をつんざく!
右の頬に感じる冷たさは、あっと言う間に感覚を失っていく。
慌てて、フードを被るが、フードを被ると視界が遮られて、なんだかイライラしてくる。
耐え切れなくなって、フードを頭から引きはがすと、すかさず頬の感覚が消えていく。

くぅー・・・・寒いぃー・・・

猪熊さんの意地悪ー!!
少しは、いい方に天気予報外せよー!!
いつもバッチリ当てやがって!

ああ・・・早く陽が出てきてくれないかな・・・・
しかし、見回しても地平線は真っ暗で日が昇ってくる気配もない。
もしかして、今日は太陽は出てこないんじゃないないだろうな?

しかし、この寒さを感じる感覚レベルってのはさ、
たとえば、ここでこれだけ着込んで感じている「寒い!!」ってのと、東京の冬に素っ裸!で外に放り出されて「寒い!」って感覚と同じなのかな?違うのかな?
もちろん外気温はちがうだろうし、肌の表面温度がどーたらってことでなく、

ちょっと寒い、そこそこ寒い、結構寒い、すごく寒い、超!寒い!・・・と感覚的なレベルでは、もはや、同じく超!寒い!としか感じられないように思うんだけど・・・

ああ・・・そんなクダラナイこと考えてないで、少しでも登ろう・・・・
でも、考えても、考えなくてもスピードは変わらないか?

先に行く中島さんには、微妙に追いつきそうで追いつかない・・・
クソー・・・「重り」が足りなかったか・・・

まだまだ、若い者には負けねー・・・じゃなかった・・・
どんな手を使っても負けたくねー・・・

でも中島さんは、オレより14歳も若いんだから、14倍強くてしかるべき!だからこの程度で追いつかれそうになっているなんて、まだまだ甘いな!(どういう方程式だ?)

はいはい!負け惜しみですよー!

つづく

連載はスーパー不定期です!

Comments

5

壮大な桜

ゆっくりじゃダメよ、ちょめじさん! どんどん煽るのよ、ちょめじさん! ヽ(´▽`)/

4

ちょめじ

待ってました!! アツイですね!! 無酸素での高所ってどんな感じなんだろう。 竹内さんの臨場感とユーモアたっぷりの文章、とても大好きです。 ゆっくりで結構ですので、続きを楽しみにしています。

3

壮大な桜

今、決意しました。 決定です。 大学で、山岳部入ります。 オイラもお山を登るんだな。 まずは、ダイエット! 禁煙! 何より、大学合格! 頑張ります(_´Д`)ノ~~

2

アン・ドルマ

2006年9月26日~29日、天気・晴れ・風無し。酸素andシェルパ有り。 それでも、c2~C3のだらだら上りは辛かった。「寒い!」の反対ギラギラと照りかえる7400Mの太陽は、バランドレのジャケットを脱がせるほどでした。 あの斜面は、酸素のお陰で「10歩」×5位出せました。小さい瘤を回り込みC3へ の登りはとても長く感じました。C3に漸く辿り付き、タムテン・シェルパの作ってくれたネパール・ララの美味しかった事、嬉しかったで~す。 C3から上は「10歩」は無理、8歩くらいで、その3倍くらいぜいぜい・ハアハアとシェルパに寄りかかり、ロックバンドは無様な格好で引っ張り上げられました。  ゆっくりでいいです。つづきをお待ちしています。ママ・サーブでした。

1

壮大な桜

キタキタキタキタ! 3回目(´∀`) お待ち申しておりました m(__)m 待っててよかった〜! 熟読させて頂きました (//∀//) さて、次回についてですが…… スーパー不定期ってなってる! 次はミラクル、んでハイパー経てのウルトラでいかがでしょう?と、違う違う! 即、#4回に取り掛かって下さい!!