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いい天気だなー!!

頂上方向には雲一つない。
風も無いも同然!

予報通り、予定通りの絶好のサミットディだ!

なんだよ!
どこが、ヤバいんだよ?
確かに、下には小さなデブリ(雪崩の跡)が何ヶ所かあったけど、登山を中止するほどには思えない。
まあ、私は中止しない。

もはや私の見た目は、鼻水垂らして、溺れたようにぜーはー!ぜーはー!しているポンコツ状態だけど、体は、そこそこ期待通りの性能を発揮していた。

ここまで、中島さんと私のスピードは、予想通り以上に予定通り標高を稼いでいる。
しかも、去年のローツェで苦しめられた左胸の肋骨の痛みも出ていない。
ガッシャの事故で折れてしまった肋骨の一本は変形して、そこは、これから「角」でも生えてくるかのようにポッコリと飛び出している。それがローツェのサミットプッシュでは深く激しい呼吸の度に胸を内側から突き破りそうに痛かった・・・
もう、ローツェの頂上直下では、耐えかねて左腕でこのでっぱりをグッ!と抑えて、胸が開かないようにしてた・・・
胸を押さえつけてるから、呼吸ができなくて、さらに呼吸が早まって、さらに痛い・・・ってな状態だった。

だって、息するたびに痛いんだよ!息するの止めようかとおもったよ!
あれを思い出すと・・・待ち焦がれた!楽しいはず(?)のサミットプッシュが台無し!

そこで、今回は肋間神経ブロック!(約1ヶ月間有効)を、大っ嫌いな注射を我慢して打ってきた。痛みの発生ポイントを特定するのに時間がかかったけど、さすが!先生!ドンぴしゃ!で効いてる。
ここまで、かなり呼吸を追い込んでも痛みは全く出ていないぞ!

前回は、まさにブロー寸前だった私のエンジンは、スーパーチャージャーがぶん回っても、まだ耐えてくれている。
頂上まで耐えてくれればいいや。そこより高いとこは無いんだから。あとは滑空状態でも、なんとかBCまでは戻れるだろう。
帰ったら修理だな・・・でも注射はヤダよぅ・・・

お天気サイコー!
スピードOK!
肋骨ノープロブレム!

予定通りだ!
ここから加速度的にスピードが落ちていくことも予定通りなら、予定通りに苦しくて、予定通りに途方に暮れて、予定通りに動かない自分の体に文句を言って・・・
このまま、登り続ければ、予定通りにヘロヘロと頂上に到達するだろう!

全てが順調だ・・・
そして、全てが予定通りだ・・・

大音響でかき鳴らされる「予定通り」に小さな舌打ちのような不協和音がかき消されていた・・・

先ほど、無言で休憩したちょっとした平らなスペースを離れ、私たちは氷の斜面に踏み込んでいった。
斜度は45度ほどあるだろうか?ロープはいらないが、落ちたら止まらない。
体を斜面に対して少し斜にして、クランポンの歯を蹴りこむでなく、クライミングシューズのソールをスラブに押し付けるかようにそーっと置いていく。
登りはいいけど頂上からの下りでヨレヨレになっていたら、ちょっとヤバイ・・・
本来は、ここもフィックスドロープが張り巡らされてるはずだろうが、今は、氷の斜面に私たちのクランポンのひっかき傷しかない。

突然、中島さんが、まるで長いこと探していた失くし物でも見つけたかのように嬉しそうな声を上げた!

「わぁー!」
「スゴイ破断面ですねー!!」
本当に、初めて見た美しい景色に感動したかのように無邪気な声を上げている。

その声に、視線を足元から頂上方向に仰ぎあげると・・・

いま、私たちが立つ氷の傾斜が続く巨大な氷の斜面の稜線に沿うように巨大な雪崩の破断面が、まるでレース飾りがヒラヒラとしているかのように・・・
巨大な蛇がウネウネとしているかのように・・・
頂上に続く稜線の下を左から右まで途切れることなくビッチリ!と横断している。
それが、なにを意味しているのかをすぐに理解した。

いま、私たちがいる斜面は、すでに巨大な雪崩が発生した跡なのだ。
雪が降り積もるサイクルの中で形成された「層」を切れ目にして斜面ごと剥がれおち、その下の層の表面が現われた氷の斜面に私たちは立っているのだ。

えーっと・・・なんと言ったらいいかな・・・
そうだ!そう!バームクーヘン!
お菓子の「バームクーヘン」!それは、美味しくて、丸いけど・・・つまり、それをだね、輪っかを切り開いて、でっかい!カステラみたいに平らに延ばしてさ、山の斜面を丸ごと巨大なバームクーヘンにしたと思ってもらえればいいんだよ!
「バームクーヘン」って「焼き目」の境目からぺろー!っと剥がれるじゃない?
それと同じように積もった雪の中には雪が積もる毎にバームクーヘンの「焼き目」のように「雪の積もり目」が出来るのです。
その境目(弱層)から雪や氷の層が斜面ごと剥がれ落ちるのが表層雪崩。
そして、バームクーヘンを焼き目からべろーっと剥がして、途中でむしり取ると下の面とちぎった所が段になるでしょ?その段が破断面。
雪崩で崩れ残った層の破断の境目が破断面となって斜面の上部を横断しているのです。
つまり、私たちは、バームクーヘンの上の焼き目が剥ぎ取られて出てきた、下の焼き目の上に立ってる状態なのです。

しかーし!私たちが見ている雪崩がバームクーヘンなら楽しいけど、それどころではない!
斜面ごとというか、もはや山ごと崩れたかのように巨大で、しかも剥がれたのは雪ではなく、硬く圧縮された氷の層だ。
気が付くと、視線の先に見えていた斜面のうねりかと思っていた膨らみは、上から落ちてきた巨大な氷の塊の山で、一つひつとは自動車ほどの大きさがある!
その氷の塊が、なんの支えもなく不自然な姿勢であっちにも!こっちにも引っかかっている。

ここからは「線」にしか見えない破断面の段差は、落ちてきている氷の塊からすると1mから1.5mほどはあるだろう。
その断裂面の上には、剥がし残したバームクーヘンの焼き目の層が残り、巨大な斜面として続いてる
もし、その破断面の一部でも崩れてきたら、いずれかの一辺が1mから1.5mの氷の塊だ・・・
つまり、雪崩によって下の斜面が崩れて、雪崩損ねた巨大な氷の塊が支えを失った状態で引っかかっているだけなのだ。

もし、今、その崩れ損ねた残りの氷の塊一つでも重力という自然の力によって動き始めたら、氷の塊は、私たちが立っている氷の滑り台を一気に滑り落ちてきて、氷の斜面と巨大な氷の塊の隙間に私と中島さんを巻き込んで、跡形もなくすり潰すだろう・・・な・・・ミンチになるな・・・そして、あっと言う間に冷凍ミンチになるんだろうな・・・

そう・・・
断裂面を見上げた、その瞬間に自分が冷凍ミンチになるまでを想像していた。

しかし・・・
私の口から発せられた言葉は・・・

「わー!本当だ!きれいな破断面だねー!!!」

いやー・・こんなに見事な破断面は見たことないよ!
参ったな・・・本来、まっすぐに登っていきたいんだけどダメだな・・・

スゴイでしょ!ボクが最初に見つけたんですよ!
ってな感じで中島さんがニコニコしながら

「真っ直ぐには行けないから、こっち(左)にトラバースしていきましょうか?」
と、上部に断裂面が走り、デブリ(雪崩の跡)のある斜面を横切って行こうとまったく、もっともな提案をしてくれた。

「そうだよね・・・こっちから行くしかないね・・・この斜面を横切って、あっちの尾根に取りつくしかないか・・・」

よし・・・遠回りだけど行くか!

その斜面に中島さんが踏み込んでいく・・・

私も数歩踏み込んでいく・・・

わずか数歩で、もう息が上がる・・・呼吸を整えるために立ち止まって、上を見上げる・・・
大丈夫だ・・・なにも動いていない・・・

うぅん????

おい!!
動いたら、オシマイ!なんだろー!!!!!

待てよ・・・待てよ・・・
これって、ヤバいだろ・・・
耳の後ろあたりの髪が逆立つような感じがした・・・

中島さーん!!中島さーん!!!
ちょっと待ってー!!

「どーしましたぁー?」
いつもの、のんびりした返事をしながら、中島さんが振り返った。

ちょっと待って!!

中島さんまで10歩ほどか?
全力で駆け登ろうとした。

はー・・はー・・はー・・はー・・・
ああ・・吐きそうだ・・・ダメだ!ちゃんとそばに行って話さなければ・・・
不明瞭に話して、聞き間違えてはいけない!

ようやく中島さんにたどり着いた。
ちょっと待って・・・息が・・・落ち着くまで・・・ちょっと待って・・・

中島さんは、なんだろう?ってな感じで私の顔を覗き込んでいる。
ビデオも回してる・・・

無理やり呼吸を抑え込んで、吐くように言った。

「下りよう!」

下りよう!これはヤバいんだよ!!

中島さんに説明するために、中島さんの構えるカメラに向かって下りる理由を話した。
(その時の様子が動画でUPされています)

カメラのレンズ越しに中島さんに話し終えて、私の口から出たのは・・

「ヤベーよ・・・マジで早く下ろう・・あそこから、一塊でも、たーっ!!って来たら、ぼーん!!って・・・」
意味不明・・・

つまり・・・
今、氷が一塊でも落ちてきたら、我々は吹っ飛ばされてしまうってことが言いたかったんだよ!

さっきは、「どーしましたぁー?」ってな中島さんも
「陽が当ってきたらマズイですね・・」と、言いながら感じ取ってくれたようだ。

早く!下の斜面に入ろう!
さっき、下りの心配をした氷の斜面を登ってくるときのスピードは「仮病」だったのか?ってほどの勢いで駆け下った。

しばらく下って、中島さんを振り返ると・・・
破断面に向かって、でっかい望遠レンズ付きの一眼レフを向けて写真を撮ってる!!

そんなの!いいからー!!!早くー!!

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【撮影 中島ケンロウ】

中島さんがカメラをバックに押し込んでいる様子を見てから、もう、振り返らずに、下りつづけた。
最後に休んだ場所も、ヤバい!!
もっと、下の斜面まで下らなければ・・・

落ちたら止まらないぞ!!
落ちたら止まらないぞ!!

止まるな!止まるな!

ついさっきは、忌々しく思えたロックバンドに駆け戻り、その岩陰に小魚ように身を潜める・・・

中島さんが追いついて、狭い岩陰で体が少しぶつかり合う。
中島さんが言った、

「よく、戻りましたね・・・」

本当によく戻れた・・・

なぜ?
なぜ?気が付いていたのに、踏み込んだ?

あの10歩手前で戻らなければいけなかった・・・
戻る判断が10歩遅れた!
完全に敗けだ!雪崩にヤラれたのと同じだ!
私は、世界で最も雪崩に敏感で恐れなければいけないはずなのに!

あの10歩・・・
クソー・・・!!
なぜ?踏み込んだ?

怒っているのか?悔やんでいるのか?
なんだ分からないけど、寒いはずなのに、体が熱くなって汗ばんでくるようだ!

巨大なジグソーパズルが目の前にあった。
それは、全てのピースがはめ込まれ完成しているように見えた・・・
しかし、実は一つのピースが欠けていることに気が付かない。
気が付けない。
もしかしたら、気が付いていたのに、そこから視線を逸らして完成していることにしようとしたのかもしれない。

「冷静さを失って正しい判断ができない」と言われるが、「非常に冷静に間違った判断をする」ことをした。

果たして、中島さんだけだったら、どうだったか?
行ってしまったか?
私だけだったら、どうだったか?

押し付けられた作業のようにC2に向かって、ひたすら下っていく・・・
先に行く中島さんとは、もう声が通じないほど間隔が開いてしまっているが、それ以上離れるわけでもなく、近づくわけでもない。

本当にいい天気だ・・・
陽が当たり、わずかな温かさが「眠気菌」となって体に入り込む。
私が座り込んで、ウトウト・・・として、ハッ!と気がついても中島さんとの距離は変わっていない・・・

中島さんも寝てるな・・・

7700mの山に登頂したのと同じだもん。
疲れてないわけがない。

ようやく、C2の一角にたどり着いた・・・
眠い・・・

なんで、もっと上にテント張らなかったんだよ・・・

やっと、テントに転げ込むと阿蘇さんと話をすることもなく、眠りに落ちた・・・
(実は、中島さんがテントに着いたとき阿蘇さんは、まだ寝てた)

はっ!と目が覚めた・・・
どれほど寝ていたのかな?

自分の足を見ると、靴を履いたままだ。
隣には中島さんが、同じく靴を履いたまま寝てる。

その私と中島さんの狭い隙間に阿蘇さんが身をよじって迷惑そうに座っていた。

中島さんを起こし、阿蘇さんが入れてくたお茶を口にすると、ようやく自分がどうしてC2に戻ってきているのかを実感したように感じて、ため息と一緒に言葉が漏れた・・・

「はぁー・・・登れなかったな・・・」

間髪入れずに阿蘇さんが答えた・・・

「まあ、しょうがないっすよ!」

・・・・・・・
なんだとー!もういっぺん、言ってみろ!!

「しょーがねーっじゃ!ねーんだよぉ!!」

寝そべった体勢から、阿蘇さんめがけて蹴り!が飛ぶ!!
なんと!
幸いなことに、靴は脱いだ後でした!
阿蘇さん、ついてるね!

あら・・やだ・・・私としたことがハシタナイ・・・
おほほほほ・・・
ごめんあそばせー。

次は登るぞー!!

終わり!

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【撮影 中島ケンロウ】
C1~C2間のアイスセラック上部で起きた雪崩の破断面

Comments

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壮大な桜

こんばんは。 Retraceを煽って、早ウンヵ月(T_T) とうとう最終回が、来てしまった(T_T) 内容的にも……(T_T) 次の山は、どこですか? 早くまた煽りたいです。 (T_T) 生きて還って来る事は、約束です(T_T)

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ちょめじ

竹内さんRetrace楽しかったです。 最後の「しょうがないじゃない!」という台詞にはいろんな意味がこもってるように感じました。 僕はまだまだ冬山初心者なんですが、判断のタイミング、肝に命じて登ろうと思いました。 来年も竹内さんのご活躍を応援しています!!