地震が起きたとき、私はエヴェレスト北面(チベット側)の標高6300mのABCにいました。
ダイニングテントの中で、小さな揺れを感じたときは、どこかで崩落か雪崩が起きたのかと思いましたが、続いて大きな揺れが来た時には、それが地震の揺れであることに気が付きました。

慌てて、外に出ると、遠くから雪崩の音がなんどか聞こえるとともに、足元の氷河の中で亀裂が走る音がし、その底に石が転がり込むような音も聞こえていました。
しかし、それなりの揺れを感じながらも、その時点では、ABCの各国のメンバーは、さほどの不安は感じていませんでした。
地震後、北面のルートには特に目立った損壊もなく、地震発生時にノースコルにいた他の登山チームのシェルパがABCに下りてきましたが、ルートにダメージは無かったという報告もあったからです。

また、私を含め北面にいた主要なメンバーは、これまでにも、ヒマラヤで地震を感じた経験がありました。私は、2011年にチョーオユーのベースで地震に遭遇したことがあります。
その時の揺れと、今回の揺れの規模は、ほぼ同じに感じていました。

2011年の地震は、震源がネパールの東、カンチェンジュンガ方面の比較的遠いとこで発生したもので、その揺れは、カトマンズまで到達し、イギリス大使館の非常に古いレンガの壁が崩れ、通行人2名が崩れた壁の下敷きになって亡くなりました。
その時は、エヴェレストなどの山でも揺れは感じたものの、目立った被害は無く、そのまま登山が継続された経緯がありました。
したがって、エヴェレストの北面にいた、私たちは、その2011年の地震と同じ震源や規模のものが、再び起きたのかと考えていたのです。

すぐに、ABCでチームリーダーミーティングが開かれ、余震などに備え、数日の登山自粛を決定しました。
しかし、BC標高5200mに降り、中国の携帯電話の通じるエリアから、情報収集が進むと、エヴェレストの南側(ネパール側)で大規模な雪崩により、多くの死傷者がでていること、そして、カトマンズを始めネパール全土で、大きな被害とともに、多くの犠牲者が出ていることが伝わってきました。
今回の地震は、前回と大きく異なり震源がカトマンズの近く、そして比較的浅い直下型だったとの情報も入ってきました。

すぐに、私たちのチームのネパール人スタッフの家族の安否確認を進めまたところ、幸い、スタッフの家族全員の無事が確認されましたが、他のチームのシェルパの中には、家族と連絡が取れないものや、家を失った者もおり、
ベースキャンプでは、
「いくら、北面のルートに問題が無くとも、同じ山の向こう側で多くの人が亡くなり、また、その麓のネパールで多くの人が犠牲になっているなか、登山を進め、登頂しても、それが本当の「喜びの頂上」になるのだろうか?」
という声が高まってました。

そして、追うように、中国関係部署から「登山中止」の通達があり、今季、エヴェレスト北面に入った全登山隊が登山を中止することになりました。

BCからカトマンズに向かう国境を越える陸路も、地震で寸断されていました。
本来、登山隊用のグループビザは、事前申請が無い場合は、中国チベットへの入境地と出境地が同じでなければならない規則があります。
陸路でザンムー(国境)から入った場合は、ザンムーから出なければならないです。しかし、今回は、その陸路が寸断されてしまったこと、またカトマンズが被災し、これ以上外国人が滞在することが極めて難しいことや、空港が各国の救助隊や救援物資の受け入れで混乱していることを受け、カトマンズに戻るルートに限定されず、出境地の変更が認められ、私たちは、ラサからの出境により、私は、ベースキャンプからラサに移動し、北京経由で東京に、速やかに戻ることができました。

ネパール人スタッフは、ABCからのヤクでの荷下げを待って、ラサから空路でカトマンズに戻ります。ベースキャンプに残した荷物等は、陸路の復旧を待って、後日、カトマンズに戻す予定です。

できれば、すぐにでもカトマンズに戻り、なにかをしたいという思いはありますが、水、食料が不足する中で、私が外から行けば、本来、ネパールの人の口にする水と食料を奪うことになります。
今は、現在、カトマンズにいる救援専門の方々にお任せして、一人でも多くの方の命や生活が守られることを願うばかりです。

この地震によって、これまで長くネパールで登山を続けてきた、ネパールと私の結びつきが揺らぐことはありません。
これからも、ネパールに通い続け、そして、ネパールでの登山を続けて行きます。

地震発生の知らせに、多くの方にご心配をいただき、誠にありがとうございました。
急ぎ、無事に帰国したことのご報告です。

竹内洋岳

Comments

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沖山里香

地震のニュースを聞いたとき、竹内君のことが頭に浮かびました。無事で何よりです。

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お帰りなさい。 私の微力もお役に立てれば。 chihiro

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ユタ

無事で何よりです。 なかなか大震災に遭遇することは少ないと思いますが、できれば避けたいですよね。

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金子圭一

竹内さん、ご無事でなによりでした。 また、チベット側の被害がそれほど無さそうであったのも幸いでしたが、ネパールでの被害は想像以上に甚大だったようですね。 安定とは言いがたいネパールの国情を揺るがすことにもなりかねない大災害ですから、何らかの支援活動をお手伝いできることがあればと思います。

4

石原 瑞仁

今まで、あこがれの地ネパールが こんな事になってしまって、心痛くしています。 ヤマヤの聖地での災害にいてもたってもいられなくなって、 クレジットから赤十字を通して、被災地救援の寄付を させていただきました。 少しでもお役に立ったら嬉しいです。

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中山圭介

竹内氏が無事に帰国し、安心しました。 これからのネパールについて、色々と情報収集をして 継続的な支援を考えて実行していきましょう。

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みずき

無事でよかったです ネパールへの支援をしていきましょう!

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蛭田雅則

まずは、無事のご帰還、安堵いたしました。 今回の報を受け、 カトマンズで抱いた不安が鮮明に蘇ってきました。 元々生活インフラが不十分な地域での大震災に私も心を痛めております。 また、何か手助けをしたいと思っても、 どのようにすることが被災者にとって最も有効なのかというのも 難しい問題だと認識しております。 当面は、国際協力などの支援が中心になるのでしょうが、 肝心なのは段階を踏まえた支援を継続していくことではないかと思います。 様々な支援の形がありますが、 もし竹内さんが何かしらの支援活動を行うときには、 お知らせください。 微力ながらもお手伝いしたいと考えております。