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【撮影 中島ケンロウ】

ぬあかひまぁはーん・・・

雪の上をさまよう、ヘッドトーチの光の輪の輪郭がいつの間にか、ぼやけている。光の輪の中だけで白く輝いていた雪は、自分の足元から空に続くように雪と空の境目を消して鉛のように重たげに発光し始めた。

あれほど心待ちにしていた夜明けは、なぜか知らないけど、今日は、気が付かないうちに訪れていた。
しかし、それは温かさもなく、明るさもない。
これまで、暗闇の中で見えていた・・・見えているつもでいた頂上が、まだ、遥かかなたであることを見せつける非情なうす暗い光でしかなかった。

くそー・・・まだ、こんなところかよ・・・

ロックバンドのクーロワールは、もし日本のハイキングコースにあれば、キャッ!キャッ!と楽しい悲鳴に盛り上がるコースのハイライトにでもなる岩場だろうが、この標高に初めて入ってきた体には、「ど!ハング」にも匹敵する。

一手、二手・・・
一足、二足・・・
と体を押し上げては、フードを被った頭を岩角に押し当てる・・・
その頭のフリクションをも利用して、体を壁に押し当てて安定させて、むせるように息を吸い込んでは吐き、呼吸を整える・・・

はっ!
はっ!
はー・・・
はー・・・
はぁぁー・・・・

溺れたかのような息継ぎを、なんとか深呼吸のように落ち着かせ、
ため息へと抑え込んでいく・・・

深いため息を吐き出すと、まるで心地よい眠りに落ちていくかのように力が抜けていく・・・

うああぁぁぁぁ・・・・・!
「膀胱」の緊張もが抜けていき、漏らしそうになる!

おーっとととと・・・
腹筋に力を入れて、膀胱を引き締める!!

あー・・・ヤベー・・・今のは危なかった・・・
これって、絶対に漏らしてるヤツいるよな・・・
(私は漏らしたことないけど・・・)

ぬあかひまはーん・・・ひょっとやふまぬあい?
(中島さん・・・ちょっと休まない?)

ポタポタと流れ続ける鼻水に鼻をふさがれ、寒さで半開きのまま凍ってしまったような口から、ようやく声になった心の中の「奥の手」が出た・・・
これで、追いつける・・・

夜中の1時にC2を出てから、休むことなく登りつづけている。
もうヘッドトーチは必要ないほどに明るくなっている。
きっと、今は5時過ぎくらいだろうか?

なにか意味を持つチェスの駒のように岩が入り組み、ルートファインを試されるロックバンドを抜けて、少し平らになったところで、私は中島さんに声をかけた。

ひょっと、やふもうよ・・・

私の声に、ゴソっ!と振り返った中島さんの顔には、集中を乱されたイラつきがハッと浮かんだが、すぐに、少しホッ・・・とした表情と一緒にいつもの優しげな顔に戻っていた。
バックパックを下し、ミトンでもぞもぞとテルモスを取り出そうとし始めている。

数歩で追いつき、頂上方向を向いたまま氷の斜面に跪いて私もバックパックからテルモスを出して、出発前に作った温かいポカリスエットを少し飲んだ。

きっと、もう頂上まで休むことは無いだろう・・・
もしかしたら、頂上でも休まないかもしれない。
高所登山において、頂上はもっとも酸素が少ないもっとも危険な場所だ。休むべきところではない。

現在、標高はまもなく7700m・・・
まだ、半分かよ・・・

頂上までは、あと5~6時間で行けるか?

遠く下には、今朝出てきた7100mにあるC2のテントが白い雪の斜面に液晶画面の「ドット欠け」のように点々としてる・・・

悪いけど・・・その時、阿蘇さんのことは、これぽっちも思い出さなかった・・・

頂上は、あっちか・・・

鼻水をミトンで拭うと、その鼻水は瞬く間に薄い氷となり凍りついた。

テルモスをバックックに押しこみ、ヘッドトーチをポケットに押し込む。
もう、ここにいる理由が無くなってしまった。

しょーがねーな・・・行くか・・・

つづく!

連載は定期的に不定期です!

Comments

1

壮大な桜

きたキタ来た、#4!! 小説家みたい! (●´∀`●)/ ノンフィクだわさっ。 終わり方がよくないっすね〜  定期的な不定期! コラーーー!!