※このブログは
報知新聞社様のご協力により再掲出したものです。
尚、当サイトにおける公開は2020年1月20日です。
マナスルが姿を現しました!
今朝わずかな時間、ようやくマナスルが姿を見せました。意外と近くに見えるんですよね。でも過去、近くに見えて実際に近かった山は一つも無かった・・・。
明日、BCに入ります。
今回、我々の登山にドイツ国営放送(ラジオ)のジャーナリストのステファンが同行取材をしています。
彼は2005年のラルフ、ガリンダ、ヒロのシシャパンマ南西壁からエヴェレストの継続登山を同行取材しておりました。
で!ご存知!私はエヴェレストで死ぬわけですが、その時、彼が私が死にかけているのをドイツ中に実況中継したわけです。後から聞いた話では、それはそれはドイツのテレビ、ラジオ、新聞で大騒ぎでウェブサイトには「ヒロ!頑張れ!」みたいなメイルでパンク寸前!どこぞの教会では私の生還を祈ってミサが開かれたりしたらしい・・・・。
その後も新聞やらにでかでかと私が死にかけている顔写真とかが載ったそーで、ジョシンが言うには「もうドイツでは外は歩けないと思うよ・・・」級の生き恥をさらしてしまったわけです・・・。
それはさておき、ステファンのブログがスタートしております。
ドイツ語ですが写真も多いのでこちらもぜひご覧下さい。http://blogs.dw-world.de/manaslu
【エベレストで“死んだ”】
竹内氏は2005年4月~同年5月、クライミングパートナーのドイツ人男性ラルフ・ドゥエモビッティ氏、元看護士のオーストリア人女性ガリンダ・カールセンブラウナー氏らと、シシャパンマ(標高8012メートル)からエベレスト(8848メートル)への継続登山に挑戦した。
シシャパンマ南西壁登頂後、エベレスト北壁から頂上へ続くスーパークロワールを目指したものの悪天候で断念しノーマルルートから無酸素登頂を目指したが7500m付近で突然、意識を失い、竹内氏は高山病で行動不能に陥ってしまう。テントでの一夜、竹内氏は血を吐くなど危険なレベルに達した。「死ぬ前の僕を写真に撮ってくれ」と決意の言葉を述べるほど、深刻な状況になったという。
しかし仲間は衛星携帯電話でオーストリアの医師にアドバイスをもらい薬を投与するなど必死の看病。奇跡的に回復し一命を取りとめた竹内氏は、仲間のサポートを受けながらノーマルルートをたどり生還を果たした。(編集担当注釈)
Comments
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yodtotan
近くに見える山は決して近くはない。 まさしくその通りですよね。 マナスルの写真きれいですね~。
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ノルディック命
ひえ~そんなことがあったんですか!奇跡的に回復してそれからエベレストに登頂したんですか!命がいくらあってもたらないて感じですね・・・