※このブログは
報知新聞社様のご協力により再掲出したものです。
尚、当サイトにおける公開は2020年1月20日です。
皆さまへ
この度は大変なご迷惑とご心配をおかけいたしまして誠に申し訳ございません。
事故からすでに1か月以上が経ちました。
ご存知のように7月18日にC3手前で大規模な雪崩に巻き込まれ、メンバー2名が死亡。私は標高差約300mを転落して重傷を負いました。
多くの方々の尽力で7月30日に帰国し8月3日に手術を受け、すでに補助もなく自力で歩くまでに回復しております。
怪我は肋骨5本の骨折と腰椎3番の破裂骨折でしたが幸いなことに麻痺や障害などの後遺症もなく全治約6か月で通常の状態への回復が見込めるそうです。
現在、リハビリを行っており退院後にトレーニングを積んで一日も早く登山に復帰できるよう努力するつもりです。
事故当時の事は、まだまだ、これから見つめなおしていかなければならない状態で、頭の中や心の中での整理にはもう少し時間がかかりそうで、事故の報告はもう少し時間を頂くようになりそうです。
今回の登山ではあまりに多くを失ってしまいました。
事故以来、思い返しては自問自答を繰り返してきましたが、死んだ彼らと、生き延びた私とを分けた「なにか」を見つけることは出来ません。
なぜ私が生き延びたのかを考えると苦しくなるばかりです。
しかし、私はこれから一生、自分に問い続けていくつもりです。
彼らの命の冥福を祈るなどというありふれた気持ちは起こりません。
これから、自分が死ぬまで、彼らの死という事実と彼らと過ごした時間と向き合っていくつもりです。
多くの人々が私を救ってくれました。
スイスチーム、アメリカチーム、ドイツチーム、スペインチームのメンバー、居合わせた各チームのシェルパやハイポーター、片山右京さん達、BCにいた各チームのライセンスオフィサーや空軍のパイロット。
そして日本大使館の方々、現地で付き添ってくださった小林ドクターやJICAの皆様、日パトラベルのスタッフや大住さん、ネパールのコスモトレックの大津さん。
現地に駆けつけてくれた加藤君、平出君、小松さん、飛田さん、寺沢さん。そして現地からメイルで送られたCTやレントゲンを診断して的確なアドバイスを頂いた金田先生、二ノ宮先生、増山先生、南極昭和基地の志賀先生。そして受け入れ態勢を整えてくれた柳下先生、執刀してくださった新井先生、病院のスタッフの皆さま。
さらにミウラドルフィンズの皆様、14Project事務局の皆様・・・・
ここに挙げ切れません。
特に事故直後、自分の命さええもかえりみずに献身的なレスキューをしてくれた、スイスチーム、アメリカチーム、ドイツチームのメンバーには、ありふれた感謝の言葉ではこの気持ちを表すことはできません。
また、皆様から心配や励ましのお言葉を沢山ちょうだいし、それにどれほど勇気づけられたかわかりません。
本当にありがとうございました。
心苦しいことに、こうして私を助けてくれた人々に私はなにもお返しすることができません。
だからこそ、一日も早く回復し、彼らに助けられたこの命を、死んだ仲間や助けてくれた皆と私を結びつけた登山に燃やし続けていくことこそが私が進むべき唯一の道と信じています。
今までも、それなりにいろいろな事を乗り越えたつもりです。
今回も必ず乗り越えて見せます。
これから、さらに努力を重ね一日も早く回復して登山に復帰いたします。
来年には、なにかしらの成果を上げられるよう頑張りますので、これからも、なにとぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
竹内洋岳
(写真はガッシャブルム2峰)
Comments
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14座達成のニュースの中で竹内さんを知りファンになりました。ミーハーと言われればその通りですが…汗 ブログを毎日楽しみにしていますが遡って全て読ませていただきました。雪崩の事故や大怪我をされたことはもちろん知っていましたが、実際に当時のリアルなブログに触れて改めて竹内さんの凄さと山の怖さを感じています。 9年前の記事にコメントしてもいいのか迷いましたが他にも同じような方がいらしたのでコメントしました。 これからもずっと竹内さんを応援します!
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iceburg
初めてコメント致します。 現在、14座への登頂が全て終わっていて、 これまでどんな事があったのか、 ニュースや本などで知っていたつもりでしたが こうしてその時、その時に起きたことを 当時の言葉として聞くと、想像を絶するものがあります。 何を書いても陳腐な気がして、 なかなかコメント出来ずにおりましたが、 竹内さんが達成されたことは、 とんでもなく過酷な日々の積み重ねだったと 改めて実感いたしました。 誰が命を落とし、誰が生きるか 極限状態で生活をしていない私には まるで生きることが当たり前のように思ってしまいがちです。 でも、登山や竹内さんのされてきたことを振り返って それが何とも浅はかな考えだったかと痛感しています。 生きていてよかったです。 長々と申し訳ありませんでした。
7
本当に良かったです。当時はショックでお会いする事も(僕のような青二才が元気付けるような言葉を持ち合わせていませんでした)出来ませんでした。また、登り始めましたよ、竹内さん笑 よく見ると投稿日が7年前の僕の誕生日でした笑 どこかの山でお会いできる事、楽しみにしています。
6
matsu
命があって何よりでした… 今回の記事を読むと本当に厳しい条件から生還出来たんですね… 今回のチャレンジでは多くの方が亡くなってしまいました… 御冥福をお祈りいたします。 体が資本です♪ 今はゆっくりと体をいたわってください。
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のみず
ありきたりの言葉ですが、とにかく、無事でよかったです。亡くなった方についてはほんとに残念でした。 今は体のことを考えてゆっくり休んでください。
4
おがち
兎にも角にも…早く元気な顔を見せてね♪
3
ノルディック命
今回のコメントを聞くまで本当にどうなっているか心配しました。登山は現役ではありませんがそれなりに知っているつもりでしたが・・・こんな厳しい中から生還出来た事は喜ばしい限りです。しかし亡くなった人のことを考えると割り切れなく感じるかとは思いますが乗り越えれると信じています。頑張ってください。
2
とおい空
涙がでました。 はやく良くなってください。
1
kanaetin
竹内さん 生きていてくれてありがとう。 計り知れない出来事です。何を言っても空々しいようで・・・。 ただ、元気な竹内さんに会いたいです。