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【撮影 ラルフ・ドゥイモビッツ】

前回の2006年のローツェ敗退のとき、私たちは「頂上直下!」から引き返したと思っていたんだけど・・・

そこは、まったく頂上直下ではなかった!

頂上は、さらにその先の!先の!さらに上だった・・・

ファイナルキャンプからは、あえて遅めの4時に出発。

それは、8500mの超高所に入るのに長時間、日の出前の低温下の中を行動するのは厳しいので、日の出後の気温が上昇する時間帯を最大限に利用することにしたのです。

ファイナルキャンプから、上に見えるクロワール目指して、雪と氷の斜面を登っていく。

その真っ白な斜面の中に、なんだか不自然な感じに一抱えほどの岩が、ポンと置いたようにある。

近づいていくと、それは岩でないことに気がついた。

古いテントの残骸?

いや・・・ボロボロの青いダウンジャケット?

荒い息を整えながら・・・1歩近づいてみる・・・

袖口のところにはグローブ(手袋)も一緒に打ち捨てられているのか??

そのグローブの指の色、形は明らかに何かがヘンだ・・・・。

うーん・・・これは・・・

中身が入ってるぞ・・・・

落ちるようなとこではないし、彼にいったいなにがあったのだろうか?

それは、もはや人でもなく、岩と同化したかのようにかえって自然物のようにも見える。

誰なのかな・・・?

そんなことを考えながら、その場を通り過ぎてクロワールに近づいていく。

クロワールに入ってしまえば、頂上までは一直線。

ルートに迷うなんてことは無い。

このクロワールは次第に狭まり、一番狭いところでは両手を広げれば左右の壁に触れるほどになる。

前回(2006年)のときは、このクロワールの中は、いい具合に雪が詰まっていて、クランポンの歯を食い込ませながら、駆け上るように登れたんだけど、今回は、雪は少なく、ブルーアイスと岩のミックスクライミングが延々と続く。

クランポンの歯でもろい岩と氷を引っかき、引っかき登っていく。

前回は、古いフィックスドロープは全て雪に埋まり、そのロープに触れることもなく登ったのに、今回は、古いロープが多く出ていて、さらにカザフスタンチームが新たに設置したフィックスドロープが延びている。

まったく、このフィックスは邪魔くさい。

かなり急なミックスのクライミングが続くので、ロープに体重を預ける頻度が高いため順番待ちをしなければならない。

そうすると、先頭と一番後ろはどんどん離れていってしまう。

もちろん、この状況でフィックスが無ければ登頂のチャンスは極端に減ってしまうだろうし、そもそも下るのに途方もない労力を必要とされるから、ありがたいんだけどね。

カザフのメンバーには、後でワインを1本届けよう!なんて、みんなで言い合うほど、まだ元気だ。

その先頭を行くのはガリンダ。

ラルフ、デービッド、私は、明らかにいつもの動きではない。

今回のような順化パターンは「ピン・パン・ポン!!」(ピン・ポン・パンではない)って言うんだけど、ピン!(順応のため上部キャンプに無理やり入ってステイ)、パン!(BCに

下ってレスト)ポン!(サミットプッシュ)

パン!とポン!の間が長すぎた・・・。2週間のBCレストによる順応低下と8500mの超高所との相対的な標高差は登れば登るほど開いていくように感じる。

しかも、このフィックスの順番待ちだよ。

いよいよ、我慢ならなくてアッセンダーをロープから外して、アックスを打ち込んでロープの脇を登りはじめる。

もちろん、バランスを失えば、止まらないミックスの急斜面。

私がフィックスから離れると、すかさず、私の前を行くデービッドが叫ぶ!

ヒロ!!なにやってるんだ!!

フィックスに戻れ!!

フィックスの中にいると疲れるんだよ・・・・

そんなの!みんなそうなんだよ!!

早く戻れ!落石が来てるだろ!!早く!!

確かに、クロワールの中は先に行く者が落としたものや、両サイドからの落石が全て集まってきて落石の集中砲火を受ける。

さらにデービッドが叫ぶ!

それに、ヒロ!お前、動いてないぜ!!

しぶしぶと、フィックスに戻り、登りはじめると、今度は、

ヒロ!テンション掛けすぎ!!間隔をあけろ!

と、また怒られる・・・・。

ああ・・・・ああ・・・・苛つく!!苛つく!!

見覚えのある、前回に引き返した場所を過ぎ、標高は8400mを越えたころから、さらに、体は重くなり、硬くなっていくように感じる。

傾斜は緩やかになり始め、緊張感が消えてゆく。

呼吸を整えようと、立ち止まると、そのまま寝てしまいそうになる。

足元の氷のかけらとか、石ころを見つめたまま、意識がすーっと落ち込んで・・・・

ハッ!!!と気がつく・・・

どれほど、寝てしまったか??

どれほど、みんなと離れてしまったか??

慌てて、目深にかぶったヘルメットを押し上げ、見上げると、

皆からの距離が開いていることもなければ、誰も進んでもいない。

後ろを振り返ると、今日が同じサミットデイとなった、スペイン(カタロニア)のチャービーも、最後に見たままの距離あたりに突っ立っている。

ああ・・・皆も寝てるな・・・・。

全てが、ゆっくりと進んでいく、静寂の中で、呼吸と心臓は、けたたましい音を立てフル回転で動いている。

自分の心臓の鼓動と呼吸のあえぎが、本当にうるさい。

G2の事故で、私の左胸の肋骨は、折れて突き出したようになっている。

その肋骨が呼吸のたびに、外に飛び出そうとするかのように突き刺さるように痛い。

息を吸うたびに胸が押しつぶされるような感じがして苦しさが倍増するようだ。

呼吸を整えるときは、その飛び出した肋骨がそれ以上、飛び出ないように手で押さえて深い呼吸をする。

去年のG2とブロードピークのときも、多少の痛みと違和感はあったけれど、今回は、呼吸の深度も回数も時間も比べ物にならないので、負担が増しているんだろう。

考えて見れば、G2やブロードピークの頂上は8030mとか8050mだが、このローツェの8516mという高さは、G2、ブロードピークの頂上から、さらに標高差500mを登らなければならない。

超高所の標高差500mは、ルートによってはキャンプ1つ分だ。

そりゃ・・・無理も出るよな・・・・。

クロワールの行き止まりとなるコルが近づいてきた。

あの薄いコルの向こうは南壁のはずだ。頂上は、その左にある岩のピークだ。

その頂上には、すでにガリンダとラルフが這い上がろうとしているのが見える。

デービッドは少し遅れているな・・・

さらに、うつらうつら・・・登りつづけてその岩のピークの基部にたどり着くと、もう、既にガリンダとラルフは頂上から降りてきているとこだった。

ヒロ・・・あそこが頂上だよ・・・

登頂したにしては、口数が少ない・・・2人とも顔には喜びより、疲労の色が浮かんでいる。

ああ・・・ラルフ、ガリンダ・・・おめでとう!

ラルフ・・・14座コンプリートおめでとう!頂上で「おめでとう」を言えなくて残念だよ・・・

ヒロ・・・そんなのは、ベースに帰ってからだよ・・・

2人のダウンオーバーオールの口元には吐息が凍った霜が分厚く張りついて、真っ白になっている。

デービッドが頂上直下の岩場をゆっくり登っているのが見える。

その人の大きさからの距離感では、頂上は、本当にスグそこ!に見えるが・・・・

ヒロ・・・スグそこに見えるけど、ここから頂上まで、オレは40分以上かかったよ・・・まだ、おめでとうは言わないよ。

頂上は、すごく寒いから、さっさっと登って、早く下りて来い。

ファイナルキャンプで待ってるから・・・・

感情はひたすらに削がれ、登って、下りてくるという単純な行為だけがそこにある。

雲が出始めている。

太陽が、雲に隠れると急激に体が冷える。ダウンオーバーオールの暖かさは体に伝わってこず裸でいるようだ。

順化がうまく行っていないことと、ここまで一度もレストを入れることができず、なにも食べていなければ、飲んでもいないことが、寒さを増大させているのは間違いない。

しかし、ここで、チンタラ飲み食いしている場合でもない。

行ってしまえ!!

壁の途中で、下りてきたデービッドと無言で、お互いに肩をたたきあって、頂上への最後の壁を登りきった。

その先には空しかない。

肋骨を押さえて呼吸をする。

はあぁ・・・・もう登らなくいいんだ・・・・

動きが止まった瞬間から、体は凍りつくように冷え始めた。

時計のメモリーボタンを押して、時間を記録する。登頂時間は1時55分

写真撮らなきゃ・・・・

ミトンを外して・・・・ダウンオーバーオールのジッパー下げて・・・・ミトンを凍らないように突っ込んで・・・・ポケットからカメラを出して・・・ダイヤルを確認して・・・

頭の中で作業をシュミレーションするけど、最後まで続かない。

1人だからなおさらだ。

体は寒さで震え始めている。

ダメだ!下りよう!

写真を諦めたとき・・・

チャービーが頂上に這い上がってきて、頂上でへたり込んでいる私に向けて、何枚か写真を撮ってくれた。

ああ・・・ラッキー・・・!

お互い、寒さで口が回らない。

チャービーが身振りで、交代して写真を撮ってくれって表現してる。

彼のでっかいカメラの大きなシャッターボタンであろう場所をミトンごと押し下す。

彼の「もう一枚!もう一枚!」のリクエストにやきもきしながら、写真を撮りカメラを彼に押し返すと、すかさず、ラッペルで下降に入った。

頂上にいた時間は、5分程度だっただろう。(ブログ上の電話はロープ2本下降したところから)

もはや、頂上は通り過ぎた一地点でしかなくなった。

これから、長い下りが始まる。

私がファイナルキャンプにたどり着いたのは、もう太陽が沈もうかとしている頃だった。

先に下った、皆とようやくお互いに「おめでとう」と声を掛け合った。

テントの中では、デービッドがお茶を作って待っていてくれた。

テントに入り、デービッドが差し出してくれたお茶を口に運ぼうとサングラスを外すと・・・

あっ・・・・おかしい・・・・

目を閉じたり、開いたりしてみるが・・・

右目にモヤが掛かっている・・・

右目だけ視界が狭まり、ぼやけている・・・

これは、高所では時々起こることなので、慌てはしないが、相当なダメージを受けている証拠だ。

ファイナルキャンプの標高は7830mで、8500の超高所に無酸素で入った体には高すぎる。今晩、ここに滞在することはさらにダメージを増大させ危険だ。

私の目も、今はぼやけているだけだが、このままここに一晩滞在すれば、見えなくなってしまうかもしれない。

外は、すでに真っ暗だが、テントを撤収し、ヘッドトーチの明かりを頼りに、下のC3へ向けて下り始める。

下りとは言え、15時間にも及ぶサミットプッシュの後、キャンプを撤収したフル装備のバックパックを背負っての行動は、拷問のように厳しい。

最初のうちは、まだ動けていたが、C3のテントサイトでウロウロする人達のヘッドトーチの明かりが、遠くに見えた頃から、私の足は、しびれて動かなくなってきた。

ガリンダとデービッドに先に行ってもらい、私は3歩進んでは立ち止まり、5歩進んでは呼吸を整える・・・を繰り返していた。

ラルフにも、先に行ってくれるように言うが、

もう、日も暮れて急ぐ理由は無いよ・・・と言いながら付き添ってくれている。

途中、何度も座り込みながら、ようやくC3に着いたときには、すでにガリンダとデービッドはテントを立ち上げ、水を作っている頃だった。

一晩、死んだように寝て、翌朝には体はだいぶ楽になったように感じる。

右目も、ほぼ元に戻っている。

今日はベースキャンプまで下らなければならない。

C2まではみんなと一緒に順調に下ったが、その先は、もはや、気力が切れた・・・。

この先のアイスフォールは、のろまに付き合っていたら、みんなが危ないので

ベースキャンプに4時までに下ること!それを、過ぎたらレスキュー体制に入る!

ってことをお互いに決めて、バラバラと流れ解散のように下り始めたのだが・・・

C2からC1への砂漠のような暑さのウエスタンクームをフラフラと行くと、私はあっという間に、皆に置いていかれて、さらに不覚にも?C1跡地で行き倒れるように爆睡!

慌てて、アイスフォールに入るが、アイスフォールの延々と続くアップダウンにコテンパン・・・・

登りよりも時間かかって、ようやくBCの手前までたどり着いたものの、わずかな上り返しに3歩歩めず・・・

結局、4時には間に合わず・・・・

しかし、ラルフが双眼鏡でフラフラと下りてくる私を確認してくれていたので大事にならずに済みましたよ。

ベースキャンプにたどり着いて、私が最初に発した言葉は・・・

「コーラ・・・」でした・・・・。

おわり!

Comments

5

AK4LIFE

しびれました。お疲れ様でした。いやあほんとにしびれました。男の中の男ですよ。

4

わたりどり

 竹内さん、もう体調は回復されましたでしょうか?  壮絶なエピソード、読ませていただきました。  登頂でさえ、皆さん既に限界だったんですね!  ファイナルキャンプに戻ってつかの間、命がけの下山、  本当に無事でなによりです。  この極限の状況でも、  皆さん優しいんですね!

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momomo

おめでとうございます。 毎日チェックしているファンの一人です。 本当に過酷な登山。凄いです。 まずは、身体を休めてください。 「お家につくまでが遠足です」と小学校の先生が教えてくれました。お家につくまでが登山ですね。元気に帰国されることをお祈り申し上げます。

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蛭田雅則

無事の帰還。 ありがとうございます。 G2の事故で初めて竹内さんのことを知りました。 それ以来、陰ながら応援しています。 BC到着までの間隔に心配もしていました。 本当にありがとうございます。 どうか次回までにお体の調子を整えてください。 お願いします。

1

くま太郎

壮絶な登頂記録を読みました。いつも明るいジョークたっぷりの竹内さんですが、 やはり超高所での無酸素登頂は想像を絶する苦行だということがよくわかりまし た。 しかし、BC、あるいはカトマンドゥに下りてくると、一切の苦労が夢の中の出来事 だったように思えるのではないでしょうか。 何よりもこれで14プロジェクトにおける「超高所」という課題をクリアできたこと、本 当に良かったと思います。 まだ本当のおめでとうございますではありませんが、それでもとりあえず「おめで とうございます!」