日本人が初めてエベレストに登頂した

1970年5月11日から50年

2020年5月11日竹内洋岳が同日登頂を目指す

エベレスト日本人登頂50周年メモリアル登山プロジェクト

※コロナウイルスの影響によりプロジェクト延期

FacebookとTwitterで#妄想エヴェレスト登山で5.11登頂に成功!

エベレスト日本人
初登頂から50周年
竹内洋岳がその軌跡を辿る

日本人唯一の世界8000m峰14座完全登頂を達成したプロ登山家・竹内洋岳は、2020年という年が、冒険家の植村直己氏、登山家の松浦輝夫氏が日本人で初めて世界最高峰のエベレスト(8848m)に登頂してから50年のゴールデンジュビリー、メモリアルイヤーであることを讃え、両氏がエベレスト登頂に成功した5月11日の同日登頂を目指す「エベレスト日本人初登頂50周年メモリアル登山プロジェクト」を実施します。

エベレスト イラスト

1970年5月11日は、植村直己氏と松浦輝夫氏がエベレスト登頂を果たし、日本人として初の偉業を達成した日です。
当時、大阪万博一色だった中で世界最高峰登頂のニュースに日本中が歓喜し、まさに高度経済成長の未来を指し示すかのような出来事として、多くの人々の記憶に刻まれました。

竹内洋岳は、日本人で唯一8000m峰14座の完全登頂を成し遂げており、14座完登後に植村直己氏の功績を継承するために設けられた「植村直己冒険賞」(主催:兵庫県豊岡市)を受賞しております。また、竹内洋岳は、松浦輝夫氏とテレビ番組に出演するなど交流があったことから、両氏の功績を讃え、この偉業を次の世代にも継承していきたいという思いで「エベレスト日本人初登頂50周年メモリアル登山プロジェクト」を実施することにいたしました。

登山予定ルートは、両氏がたどった南東稜ルート(ネパール側)で、竹内洋岳にとって初めてのルートになります。竹内洋岳は、 1996年にチベット側からエベレストに登頂しており、今回は自身にとって初めてのルートから、2度目のエベレスト登頂を目指します。

竹内洋岳コメント

2020年は、 50年前から約束されていた、日本人初エべレスト登頂 50 周年ゴールデンジュビリーのメモリアルイヤーです。私の8000m 峰 14 座全山登頂の挑戦は、これまでヒマラヤに挑んできた先輩たちの想いと歴史を受け継いだとものと思っています。この 50 周年に私が、再びエべレストの頂上を目指すことで、私たちに、登山を受け渡してくれた先輩を、思い起こし、その記憶を次に受け渡していきたいと思います。現実的には、 5 月 11 日にエべレストに登頂することは、近年の傾向からすると難しいスケジュールとされますが、あえて、私が 目標 を 掲げて 目指すことで、皆さんにはぜひ、「 5 月 11 日」という日が、日本人が初めて世界 最高峰の 頂に到達した特別な日であることを記憶してもらいたいと思っております。

1996年 エベレストに登頂した竹内洋岳
1996年 エベレスト山頂に立つ竹内洋岳

写真:14PROJECT事務局提供

植村直己氏、松浦輝夫氏プロフィール

エベレストにて、植村直己氏(左)と松浦輝夫氏(右)(写真提供 文藝春秋)

植村 直己

NAOMI UEMURA

1941年生まれ。兵庫県出身。冒険家。明治大学卒業。
1970年5月11日、日本山岳会エベレスト登山隊に参加し、第一次アタック隊として松浦輝夫氏と共に日本人初のエベレスト(8848メートル)の登頂に成功。同年8月26日、マッキンリー(現正式名称:デナリ 、6190メートル)単独登頂に成功し、世界初となる五大陸最高峰登頂に成功。その後、南極横断の夢を抱き、エスキモーと共に生活し犬ぞりや極地生活の技術を学び、犬ぞり単独12000km踏破を1974年から2年がかりで成功させる。1978年には人類史上初となる北極点単独行に成功。またグリーンランド縦断にも成功。1984年2月12日、43歳の誕生日に冬期マッキンリー単独登頂を果たした後消息を絶った。国民栄誉賞等受賞歴多数。

松浦 輝夫

TERUO MATSUURA

1934年、大阪市生まれ。1965年早稲田大学教育学部卒業。
1965年ローツェ・シャール峰(8383メートル)を目指した早稲田大学隊に参加し、日本人最高到達高度を記録。1970年5月11日、日本山岳会エベレスト登山隊第一次アタック隊として植村直己氏と共に日本人初のエベレスト登頂に成功。その後1981年には早稲田大学K2登山隊の隊長を務め、K2(8611メートル)西稜ルートの初登頂を成功。秩父宮記念賞等を受賞。2015年11月6日没。享年 81歳。

植村直己冒険賞

植村直己冒険賞は、冒険家・植村直己の人物の功績を継承するために設けられた賞です。自然を相手に創造的な勇気ある行動をした人または団体に贈呈されます。
写真は、竹内洋岳が第17回となる2012「植村直己冒険賞」授賞式で贈られた盾とメダル。

プロ登山家

竹内洋岳

日本人唯一の
14サミッター

竹内洋岳(たけうち ひろたか)は、2012年5月26日に世界で29人目、日本人初となる8000メートル峰全14座完全登頂を果たし、日本人唯一の14サミッターとなった。「文部科学大臣顕彰、スポーツ功労者顕彰」、第17回「植村直己冒険賞」、第15回「秩父宮記念山岳賞」を受賞。

日本人で初めて
世界8000m峰14座を登頂

MAKALUマカルー

標高:8463m/世界第5位
登頂:1995年5月22日
遠征隊に参加し8000m峰初登頂を成功

EVERESTエベレスト

標高:8848m/世界第1位
登頂:1996年5月17日
ノーマルルートで登頂

K2K2(ケーツー)

8611m/世界第2位
登頂:1996年8月14日
日本山岳青年部隊として登頂

NANGA PARBATナンガパルバット

8126m/世界第9位
登頂:2001年6月30日
ナンガパルバット国際公募隊。無酸素で登頂

ANNAPURURNAアンナプルナ

8091m/世界第10位
登頂:2004年5月28日
無酸素で登頂

GASHERBRUM IガッシャブルムⅠ峰

標高:8068m/世界第11位
登頂:2004年7月25日
無酸素で登頂

XIXABANGMAシシャパンマ

標高:8027m/世界第14位
登頂:2005年5月7日
アルパインスタイルで南西壁から無酸素で登頂。

KANGCHENJUNGAカンチェンジュンガ

標高:8586m/世界第3位
登頂:2006年5月14日
無酸素で登頂

MANASLUマナスル

標高:8163m/世界第8位
登頂:2007年5月19日
北東面通常ルートより無酸素で登頂

GASHERBRUM IIガッシャブルムⅡ峰

標高:8035m/世界第13位
登頂:2008年7月8日
通常ルートより無酸素で登頂

BROAD PEAKブロードピーク

標高:8051m/世界第12位
登頂:2008年7月31日
通常ルートより無酸素で登頂

LHOTSEローツェ

標高:8516m 世界第4位
登頂:2009年5月20日
通常ルートから無酸素で登頂

CHO-OYUチョ・オユー

標高:8201m/世界第6位
登頂:2011年9月30日
通常ルートより無酸素で

DHAULAGIRIダウラギリ

標高:8167m/世界第7位
登頂:2012年5月26日
通常ルートより無酸素で登頂

写真:14PROJECT事務局提供

社会貢献、プロダクト開発など
その活動は多岐に及ぶ

これまでのヒマラヤ登山を通じて得た経験や知識を活かし、さまざまな社会改題の解決に向けた活動を長期スパンで継続的に取り組んでいます。
また、プロダクト開発においては、実際に8000メートルの環境下でテストを行ったものや、登山経験を生かしたアイデア商品などがあります。

エベレスト

標高8848m世界最高峰の山

名称:
エベレスト(エヴェレスト)
標高:
8848m/世界第1位
所在地:
ネパール・中国
初登頂:
1953年、イギリス隊 エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイ
竹内洋岳の登頂:
1996年5月17日
日本人の初登頂:
1970年5月11日、植村直己と松浦輝夫

世界最高峰として名高いこの山が、インドの測量技師による計測の結果、まさに「世界最高峰」であることが判明したのは1852年のこと。しかしこの山の所在地であるネパール、及びチベットは当時、鎖国状態にあり、容易に立ち入ることのできない状態にあった。
ゆえにこの山の現地名は調査できず、しばらくは正式名称のないまま「ピークXV」の仮称で呼ばれていたが、やがてインド測量局長官として長年の実績のあった、サー・ジョージ・エベレスト(Sir George Everest, 1790年7月4日 – 1866年12月1日)の名を冠することが提案され、1865年、その発見者であるインド測量局の見解としても「エベレスト」の名で正式に決定、採用されることになった。
 以降はその名で広く世界に知れ渡るようになったが、やがて数十年の時を経て、実はチベットの現地民族の間に古くから、チベット語で「世界の母神」を表す「チョモランマ」との呼称があったことが分かってきた。またそれに呼応するように、もう一方の所在地のネパールでも、ネパール語で「世界の頂上」を意味する「サガルマータ」との呼称が提案されるようになったが、既に「エベレスト」の名で世界的にも広く知れ渡っていたことから、インド測量局としても山名の変更をするには至っておらず、現在は世界的に有名な「エベレスト」の名称を筆頭に、3つの山名が並存したままの状態となっている。

プロジェクト概要

本年は、日本人エベレスト登頂50周年に加え、ネパール観光年(Vist Nepal 2020)や、大型スポーツイベントの開催等様々なイベントの開催が予定されています。そのような時代背景の中で、世界最高峰エベレストへの先人たちの挑戦の軌跡を後世に残し、日本における歴史的瞬を想い起して頂くきっかけとなればと思い、プロ登山家・竹内洋岳が立ち上げたプロジェクトです。このプロジェクトを通じ、先人たちの挑戦の軌跡が未来を開拓していく為のヒントやメッセージへと繋がり、ぜひ、少しでも多くの方に明るいニュースをお届けできれば幸いです。

プロジェクト名

エベレスト
日本人初登頂50周年
メモリアル登山
プロジェクト

~プロ登山家・竹内洋岳がエベレスト日本人初登頂日の同日登頂に挑む~

日時

2020年4月初旬~ 5月末頃

(詳細日程は近日発表予定)
4月初旬頃からカトマンズに入り、2020年5月11日登頂に向け高度順応を含む登山準備。
天候やルート状況などにより、5月11日の登頂を確定した登山ではありません。
5月11日を過ぎても、登山は継続され、登頂を目指します。

メンバー構成

竹内洋岳
シェルパ(人数未定)

実施内容

酸素ボンベを使用した
スタンダードスタイル

登山ルート

南東稜ルート

竹内にとって初めてとなる南東稜ルート(ノーマルルート)を予定。
1970年日本人初登頂と同じルート。
竹内洋岳初ルートから2度目 の登頂を目指します。

※現地の状況によりルートを変更する可能性もあります。