• 標高:8848m/世界第1位
  • 所在地:ネパール・中国
  • 初登頂:1953年、イギリス隊 エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイ
  • 竹内洋岳の登頂:1996年5月17日、ノーマルルート
    登頂時間:日本時間13時10分(中国時間12時10分 ネパール時間9時55分)

 世界最高峰として名高いこの山が、インドの測量技師による計測の結果、まさに「世界最高峰」であることが判明したのは1852年のこと。しかしこの山の所在地であるネパール、及びチベットは当時、鎖国状態にあり、容易に立ち入ることのできない状態にあった。
 ゆえにこの山の現地名は調査できず、しばらくは正式名称のないまま「ピークXV」の仮称で呼ばれていたが、やがてインド測量局長官として長年の実績のあった、サー・ジョージ・エベレスト(Sir George Everest, 1790年7月4日 – 1866年12月1日)の名を冠することが提案され、1865年、その発見者であるインド測量局の見解としても「エベレスト」の名で正式に決定、採用されることになった。
 以降はその名で広く世界に知れ渡るようになったが、やがて数十年の時を経て、実はチベットの現地民族の間に古くから、チベット語で「世界の母神」を表す「チョモランマ」との呼称があったことが分かってきた。またそれに呼応するように、もう一方の所在地のネパールでも、ネパール語で「世界の頂上」を意味する「サガルマータ」との呼称が提案されるようになったが、既に「エベレスト」の名で世界的にも広く知れ渡っていたことから、インド測量局としても山名の変更をするには至っておらず、現在は世界的に有名な「エベレスト」の名称を筆頭に、3つの山名が並存したままの状態となっている。

竹内洋岳のコメント

立正大学山岳部として2度目のヒマラヤ登山。それまでの学生として参加する立場から、登山計画全般に関わる中心メンバーとして、前年のマカルーと同じチベット側からの登山として、マカルー登山で学んだことを実践した登山でした。ネパール側では、ジョン・クラカワーの小説「空へ」( Jon Krakauer:Into Thin Air)の題材にもなった大量遭難のあったったときで、チベット側でも事故が多く起こり、天候だけでなく多くのことに翻弄されながらの登頂でした。

日本一わかりやすい
8000m峰14座完全データ